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2012年6月18日(月) Ⅱ列1-3, 詩82, Ⅰテモ1 竹村

第一テモテ1章3~5節
ある人たちが違った教えを説いたり、果てしのない空想話と系図とに心を
奪われたりしないように命じてください。そのようなものは、論議を
引き起こすだけで、信仰による神の救いのご計画の実現をもたらすものでは
ありません。この命令は、きよい心と正しい良心と偽りのない信仰とから
出て来る愛を、目標としています。

違った教えを説いたり、というところで少し引っかかりました。
私がまだ実家に住んでいたころは、普通に神棚があり仏壇があり、それが
少し怖いもののように見えていました。そして両親はそれの世話をすることに
よって自分は高められているかのように私に見せます。そしてそれが私には当然
のことで、そのうちそれを私がとって変わってするのが当たり前だと思っていました。
血縁が何とかとか、方角が何とかとか、この年は何とかとか、しかしふと思います。
「これってどこからきたことなの?」
この話には終着地点はどこにあるのかなと思っていました。お金をたくさん出した人が
その場所を見ることができるような話っぷりの人もいました。

今考えればこの話に答えもなく、空想話だということもわかります。
しかし幼い時からその生活に慣れ親しんだ感覚はなかなかなくなりません。
私はこれから何年この世に生きるかわかりませんが、残りの人生
「きよい心と正しい良心と偽りのない信仰」を体と心にしみこませて生きていきたいな
と思いました。

2012年6月19日(火) Ⅱ列4-5, 詩83, Ⅰテモ2 真由美

詩83うしろのほう

主よ。彼らがあなたの御名を慕い求めるようにしてください。

彼らがはずかしめを受け、滅びますように。

こうして彼らが知りますように。その名、主であるあなただけが、全地の上にいますいと高き方であることを。

なんだろな。すごいな。
彼の祈りはすべての人が主を求めるようになることなんだな。
あいつらったらこんな事してあんな事言って全くひどいんだからもう。あいつらを吹き散らしちゃってくださいよ。なんて言ってるけれど、そうしてでも彼らが神様を求めるようになりますように っていう祈り。
神様の御名があがめられるためにというどこまでも神様を愛した祈り。
彼らがどうなってでも っていうことじゃ、多分ない。
神様の御名があがめられる事が、結局のところ絶対的に平和で、悪巧みもなく、彼らにとっても平安だしってことを確信しているのだと思う。
だから、神様のために、彼らのために、彼らが知りますようにって祈ってる。

Ⅰテモ2:4神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

アサフの祈りは私たちの祈りだ。
そして、神様の祈りだ。
こうして彼らが知りますように。
その名、主であるあなただけが、全地の上にいますいと高き方であることを。

2012年6月20日(水) Ⅱ列6-7, Ⅱ歴20, Ⅰテモ3 圭希


2012年6月21日(木) Ⅱ列8-9, Ⅱ歴21, Ⅰテモ4 宇津木


2012年6月22日(金) Ⅱ列10, Ⅱ歴22-23, Ⅰテモ5 鉄&桃

S: 列王記Ⅱ 10章29節
   ただし、エフーは、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの罪、すなわち、ベテルとダンにあった金の子牛に仕えることをやめようとはしなかった。

O: エフーは神様の見る目にかなったことを行い、褒められたが、金の子牛に仕えることはやめなかった。
忠実に神様に従っている所もあれば、まだ手放していない罪もある。

A: この章を読んで、「エフー、もったいない。」と思ったが、僕ももったいないと神様が思うことがいっぱいあるのだろう。まだ手放していない罪や、やめられない罪、誘惑がある。悔い改めて、罪から解放されたいです。

P: 神様、あなたの祝福、恵みを止めてしまっている僕の罪を赦して下さい。これらのものから完全に解放してください。自分に死ぬことが出来ますように。アーメン。

2012年6月23日(土) Ⅱ列11-12, Ⅱ歴24, Ⅰテモ6 bright


2012年6月24日(日) ヨエル1-3,Ⅱテモ1 久保

しかし、主の名を呼ぶ者はみな救われる。<ヨエル2:32>

逆説的ではありますが、主の大いなる恐るべき日が、目前に迫っている太陽はやみとなり、月は血に変わるような状況であっても、主の名を呼ばない者がいることを、今日の箇所は明確にしています。
十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え。」と言った。ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」<ルカ23:39~43>
この犯罪人は「救え。」と言いましたが、何から救われたいと願ったのでしょうか?人間の刑罰からの救い(逃れ)でした。「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」と言われたもうひとりの男も十字架刑から逃れることはありませんでしたが、パラダイスにいることを主イエスは約束されました。『主の名を呼ぶ者』たちにも、太陽はやみとなり、月は血に変わるのですが、主は救われることを約束されました。

わたしに向かって、「主よ、主よ。」と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。「主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行なったではありませんか。」しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。「わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。」
<マタイ7:21~23>
『主の名を呼ぶ者』とは、どうも、「主よ、主よ。」と言う者とは違うようです。一人の犯罪人は、十字架刑から逃れることはありませんでしたが、パラダイスにいることを主イエスは約束されましたが、ある人は、主の御名によって、預言し、悪霊を追い出し、奇蹟をたくさん行なったにもかかわらず、パラダイスに入ることを約束されませんでした。

「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』あなたがたに言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」<ルカ18:10~14>
主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、たましいの砕かれた者を救われる。<詩篇34:18>
パリサイ人は、人の目から見て敬虔な私欲を棄てた人と映りましたが、主は取税人を義とされました。私のたましいは砕かれているのでしょうか?心の奥で、誰かを蔑んでないでしょうか?自分は正しいと思いあがってないでしょうか?私は『主の名を呼ぶ者』とされているのでしょうか?

すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。<ローマ3:23~24>

御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。
ハレルヤ!

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