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ニューライフ・ファミリー・チャーチ
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NEW LIFE FAMILY CHURCH

2012年1月23日(月) 出エジ6-8,ルカ23

「その心をかたくなにして彼らの言うことを聞かなかった」

 度重なるモーセの警告にパロの心は、その警告の印がなくなった途端かたくなになり、モーセの言うことを聞かなかった。
 奇跡と印しはクリスチャンとんして当然体験すべきものである。
 まず、一番の奇跡は自分が神に救われたことからだ。
 その後、み言葉を通して、祈りを通して、信仰の宣言を通して、様々な神様の愛の体験の中に私たちは属している。
 自分がそれを感じるか感じまいか関係なく、神様の大きな手は私達を包み、支え、導いておられる。

 だけど、それに従うかどうかは全て私たちの選択にかかっている。
 モーセのように、神の召しに対して、自分はそんな存在ではないと拒みながらも、従う人もいれば、パロのように神の存在を薄々感じながらも自分の置かれた状況によってゴロゴロとその態度を変える人もいる。

 パロは神様の奇跡に驚き、恐れるが、その奇跡が過ぎ去ると、頭で何が自分に有益なのかを素早く計算して、今何があったかのように、態度を変える。
 眼の前の欲にはなかなか勝つことができないものであろう。

 自分の生活にもそのようなところは、否定できないぐらいある。肉の欲は決して自分を自由にはさせない。目の前の利益、お腹を満たす、自分のこころを満たすことにはとても計算早い、しかし、人のため、増しては神様のために、自分を犠牲することになった場合、どのぐらい自分はその神様の導きに従うことができるのかしら。

 金銭的なところにおいて、自分の家計も大変なのに、周りを見渡すことができるのかな。まるで、アンパンマンのように、自分の力の源である頭を、お腹が空いた周りにちぎりあげることができるのかな。
 ときに祈る。神様もうちょっと余裕が出来ればこれもあれもします。と。
 しかし、その目標に達したときには、もっと上の目標が現れ、神様との約束はまたもや延長されてしまうのが自分及び私たちの姿ではないのか。

 緊迫な状況では自分を差し出すようなことを手軽に言っておいては、その状況が解消されると、その言葉はどこかへ消えてしまう。体験はどのぐらいしただろうか?

 今日、パロの話しは決して別の人の話ではない。自分の話しである。

 あ~、神様、この心が2つの舌と心を持たないように。お助け下さい。

2012年1月24日(火) 出エジ9-11,ルカ24 飯塚師

御言葉:出エジ9:18-21 さあ、今度は、あすの今ごろ、エジプトにおいて建国の日以来、今までになかったきわめて激しい雹をわたしは降らせる。それゆえ、今すぐ使いをやり、あなたの家畜、あなたが持っている野にあるすべてのものを避難させよ。野にいて家へ連れ戻すことのできない人や獣はみな雹が落ちて来ると死んでしまう。』」 パロの家臣のうちで主のことばを恐れた者は、しもべたちと家畜を家に避難させた。しかし、主のことばを心に留めなかった者は、しもべたちや家畜をそのまま野に残した。

今、教会では黙示録を学んでいます。黙示録にも「そこに書かれていることを心に留める人々は幸いである。時が近づいているからである。」とあります。
神様はこれからなさること、起こることをあらかじめ教えて下さる方です。しかし、その言葉を受け取り備える人と、心に留めない人がどの時代でも存在します。
この後、エジプトでは国ができて以来なかったような激しい雹がふり、野にいたすべての人、獣、また野の草、木が打ち砕かれました。 後で後悔しても始まりません。

学んだこと:聖書の御言葉すべてに対して、もっと真剣に心を留めるようにしたい。これから起こること、今何をしなければならないかも深く考えたい。

2012年1月25日(水) 出エジ12-13,詩21,使1 Tomoko

使徒 1・11: あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見た時と同じ有様で、またおいでになります。

イエス様の再臨はいつなのでしょうか。

今、教会では「黙示録」が紐解かれています。知っておかなければならない事、理解しなければならないことが沢山あると思います。終末にはどんな事が起こるのかを知っていれば、今の世の中の流れを見ていくとある程度のことは分かるかも知れません。戦争、戦争のうわさ、あちこちの地震、ききん、反キリストの登場、迫害、エルサレムが軍隊に囲まれる・・・。そして終わりが来る。

その一方で、「ただし、その日その時は誰も知らない。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。」「だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのです。」 とも書かれています。

・・・あれ?やはり、「終わりの時」と「その日その時」は別の「時」かな?「空中再臨」が先に来て、それから「地上再臨」になるのかな?・・・なんて思いながら、もし今「空中再臨」が行なわれて、私達クリスチャンが皆携挙されたら、残された人達には「終わりの時」がわかるかしら?イスラエルの人たちやキリスト教圏の人達の中には「神様~!」と求める人達もいるでしょうけれど、日本人はどうなるのでしょう?直前まで何もわからず、いざとなった時も、「神様仏様、なんでもいいから助けて。」と、求める先がわからない人達も大勢出てくるのでしょうね・・・。そう考えると、今受け入れない人たちにも、真理をキチンと伝えておかなければ・・・と思います。もしかしたら、セカンドチャ ンスがあるかもしれないのだから・・・。

祈り:愛する天のお父様。すべての人を救いに導いて下さい。愛するイエス様の御名によって。アーメン^-^

2012年1月26日(木) 出エジ14-16,使2 理佳

出エジ 15:26 もし、あなたがあなたの神、主の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行ない、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、、、、

使2:38 悔い改めなさい。

今までずっと祈りに対しての不安(こんな祈りでいいのかな?という不安)がありました。“悔い改め”も「一度悔い改めれば同じことを何度も悔い改めなくてもいい」と言われてもなんだか“いいのかなぁ”という不安がありました。自分で祈っている時に、“御声を聞くことが出来るように、また自分が嫌だと思うことでも従っていくことが出来るように”と祈るけれど、本当の所、いつも言い訳をしながら祈っているような気がします。“自分に死ぬこと”と言うけれど、自分のすべてを神様に委ねることが出来ません。頭の中で理解したつもりでいることも、結局自分勝手なことしかしていません。

神様。ごめんなさい。今までのたくさんのことを悔い改めなければいけないのに、何一つまともに悔い改めることが出来ていません。あなたにすべてを委ねたいと思っているのに、怖い気持ちがあったり踏み出す勇気がなかったりして、足踏みしてしまっています。悔い改めることはあまりに多いと思いますが、一つ一つ思いだし、しっかりと悔い改めることが出来るように助けてください。そして、もっと深く交わることが出来るように助けてください。愛するイエス様の御名によりお祈りいたします。アーメン。

2012年1月27日(金) 出エジ17-20,使3 さかえ師

出エジプト記

18:17 するとモーセのしゅうとは言った。「あなたのしていることは良くありません。
 18:18
あなたも、あなたといっしょにいるこの民も、きっと疲れ果ててしまいます。このことはあなたには重すぎますから、あなたはひとりでそれをすることはできません。
 18:19
さあ、私の言うことを聞いてください。私はあなたに助言をしましょう。どうか神があなたとともにおられるように。あなたは民に代わって神の前にいて、事件を神のところに持って行きなさい。
 18:20 あなたは彼らにおきてとおしえとを与えて、彼らの歩むべき道と、なすべきわざを彼らに知らせなさい。

 18:21 あなたはまた、民全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を見つけ出し、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民の上に立てなければなりません。
 18:22 いつもは彼らが民をさばくのです。大きい事件はすべてあなたのところに持って来、小さい事件はみな、彼らがさばかなければなりません。あなたの重荷を軽くしなさい。彼らはあなたとともに重荷をになうのです。
 18:23 もしあなたがこのことを行なえば、――神があなたに命じられるのですが、――あなたはもちこたえることができ、この民もみな、平安のうちに自分のところに帰ることができましょう。」
 18:24
モーセはしゅうとの言うことを聞き入れ、すべて言われたとおりにした。




モーセは民をさばくために、たった一人で、さばきの座に朝から夕方まで着き、
民は モーセに聞いてもらうために、朝から夕方まで立って待っていた。

このままだと、モーセも民をも疲れ果ててしまう。また、あまりにもモーセに重荷が
大きかった。それで、しゅうとのイテロがアドバイスをした。

1.民に代わって神の前にいて、事件を神のところに持って行く。
2.おきてとおしえとを与えて、彼らの歩むべき道と、なすべきわざを知らせる。
3.民全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を   
  見つけ出し、、民の上に立てる。
4自分の重荷を軽くし、立てた人々がになう。
その結果として、
あなたはもちこたえることができ、この民も平安のうちに帰ることができる。


ここから学んだのは、まず、裁くモーセが神の前にいること、そして、神のもとに
その事柄をもっていくこと、。
事に対処するときに、人間的な意見でなく、まず、おきてと教えを与えたこと。
神がどのように願っておられ、命じておられるかを教えてから、一人一人の歩むべき
道を教えた。

相談や悩みを聞くとき、何かをアドバイスするとき、
感情的には、その人の心、その人の痛みに寄り添うものでありたい。
しかし、方向性、導きにおいては、神がどう聖書で言っておられるか、教えているか
また、そのケースをどう導きたいかを語るものでありたいと思う。
その人の願いと違っていても

そして、さらにリーダーを立てあげ、ゆだねていく。
そうすることで、自分も持ちこたえ、人々も平安を持ち、リーダーも負うべき重荷を
おって成長していく。

神様、さらに、あなたのおきてと命令を心に刻み、蓄えるものとなれますように
あなたの真理によって、光をあたえるものとなれますように、

2012年1月28日(土) 出エジ21-22,詩12,使4 Bright清孝

S:ペテロとヨハネは彼らに答えて言った。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」
(使4章19~20節)

O:神の前に正しい判断をする。

A:普段、日常生活を送っているなかで、様々な決断をしなければいけない。決断をする時に、常に神様の前に正しいほうを選ぶことが出来るようにしたいと、この箇所を読んで思った。いくつかある選択肢の中で、神様の前に正しいほうを選ぶことは、時には自分にとっては厳しかったり、チャレンジであるかもしれない。でも、すべてのことは神様が備えて下さっている、自分が乗り越えられない試練は与えないという強い信仰を持って、世の中の常識や周りの目を気にすることなく、正しい選択をしたい。

P:神様、日常生活を送っている中で決断をしなければならない時には、世の中の常識や周りの目を気にすることなく、常に神様の前に正しいほうを選択することが出来るように助けてください。

2012年1月29日(日) 出エジ23-24,詩14,使5 裕樹


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