Map
ニューライフ・ファミリー・チャーチ
〒358-0012 埼玉県入間市東藤沢7-32-2
TEL 042-965-7475 
NEW LIFE FAMILY CHURCH

2011年12月26日(月) 詩117,119:81-176,Ⅱヨハ,Ⅲヨハ

詩119:92. もしあなたのみおしえが私の喜びでなかったら、私は自分の悩みの中で滅んでいたでしょう。

人生の喜びはどこにあるのか?自分を産んでくれた家族がいて、自分の作った家族がいる。その家族の安否によって、自分の喜びが満たされるのだろうか?
自分の生きている周りの経済的な環境、人間関係の環境によってその喜びは満たされるのだろうか?

どんなに幸せそうに見える人でさえ、それぞれの思い煩いを抱いている。
ある北の国の全ての権力を持つ3代目の支配者にもそれは例外ではない。世界のビル・ゲイツさえ、アップルのスティーブ・ジョブズさえも。
この世のどんな素晴らしいものを手にしたとしても、それは一瞬過ぎ去ってしまう。空しいものであろう。
どんな第一の位置に立っても、人はその空しさに滅んでしまうでしょう。

しかし、神様との出会いはその空しさから自分を救ってくださる方です。
自分の中でもやもやしている全てが、その方の中でその答えを見つけることでしょう。

自分は成功している人でもなく、ある程度の立場にいる人でもないが、ちょっとはその意味が分かります。

残念ながら、このごろは会社の方針(?)により、ゴルフでストレスを発散しています。人は肉を持っている存在なので、肉体のストレスをも解決させる必要があります。
霊、魂、肉をうまく調整しながら、自分を主に委ねたいですね。
先日、12月18日はゴルフで礼拝には参加できませんでした。
その日は会社のコンペで、いつもビリの自分が、周りの不調と自分の成長して実力(?)により、40名中、14位の成績を出してしまいました。
自分は上々、周りは凹みの状況でした。
肉の楽しみもたまには必要かな。最後は自慢話の自分でした。

2011年12月27日(火) 黙1-4 飯塚師

御言葉:黙示1:3 この預言のことばを朗読する者と、それを聞いて、そこに書かれていることを心に留める人々は幸いである。時が近づいているからである。

一つには昔は印刷技術がなく、聖書はとても高価で手に入れて読むことはむずかしかったということがあります。また、黙示録は将来起こることについての預言的要素で満ちています。自分のためにも、他の人のためにも声に出して読み聞かせること、伝えることは重要だと語られています。

今日から、今年いっぱい黙示録が通読箇所です。
黙示録はよくわからないところも多いので、今まで敬遠しがちでした。しかし、「幸いなこと」は好きなので、悔い改めて、本気で取りかかろうと思います。
また、時(終末やイエス様の再臨)が近づいていることも感じています。

一緒に黙示録に書かれていることに心を留めていきましょう。

2011年12月28日(水) 黙5-9 Tomoko


2011年12月29日(木) 黙10-14 理佳

黙示録
13:10 とりこになるべき者は、とりこにされて行く。剣で殺す者は、自分も剣で殺されなければならない。ここに聖徒の忍耐と信仰がある。
14:12 神の戒めを守り、イエスに対する信仰を持ち続ける聖徒たちの忍耐はここにある。」


忍耐
この後14:13に『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである。』とある。今年一年は自分にとって、とても大変な一年でした。周りに振り回されて嫌な思いをしたり、自分が自分でいられなくなりそうになっていました。忍耐も自分にとっての忍耐しかしていませんでした。自分のこだわりや思いにとらわれていました。

愛する天のお父様。
今年一年の様々な経験を感謝します。自分自身の忍耐しかできなかったけれど、そのことに気づかせてくださってありがとうございます。これからは神様にとっての忍耐をしていくことが出来るように助けてください。いつも神様をみながら生活できるように助けてください。愛するイエス様の御名によってお祈りいたします。アーメン。

2011年12月30日(金) 黙15-18 さかえ師

黙示録 
15:3 彼らは、神のしもべモーセの歌と小羊の歌とを歌って言った。
 「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。
  あなたの道は正しく、真実です。もろもろの民の王よ。
15:4 主よ。だれかあなたを恐れず、御名をほめたたえない者があるでしょうか。ただあなただけが、聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが、明らかにされたからです。」

御使いたちのこの歌から始まって、神の激しい7つの災害が始まる。

神の道は正しく、真実である。ただ、神だけが聖なるお方。
この方の裁きは正しく公正である。

この裁きが明らかにされたので、すべての国々の民は来て、御前にひれ伏すと
書いてある。
神は愛の神であると同時に裁きの神ー私たちはそれに対してひれ伏し、おののくしか
ない。親密であり友であり、親のようでもあり、絶対的な権威を持つ支配者であり、
すべてを治める方であることを知る。

黙示録の意味は解き明かしがないとむずかしく、私的解釈はしたくない。
ただ、はっきりとわかるのは、世の終わりが近づき、主の再臨が近いことだ。

収穫のために、また、神が私に願っていることを、心を砕いてさらに
やらなければと思う。より多くの人が神の存在を知り、神の前にひれ伏すものと
なることができるように。裁きでなく、恵みの中に入ることができるように

2011年12月31日(土) 黙19-22 和輝

S 21-03 「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、(~省略~)」22-20 「しかり。わたしはすぐに来る。」

O イエスキリストが再び地上に来られ、人々に対して裁きをし、分別をされる。その後、千年間の間サタンや悪霊たちは底知れぬ所に閉じ込められ、神の千年王国が訪れる。
それが終わり、サタンが牢から解き放たれると悪い者達を招集しようとするが、天から火が降ってきて、その者達を焼き尽くす。そして、その者達を惑わした悪魔達は火と硫黄との池に投げ込まれ永遠に苦しみ続ける。そして聖なる都、新しいエルサレムが整えられ、神は聖徒達と暮らす。

A 21-03 「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、(~省略~)」で、新しいエルサレムができ、神と聖徒達とで一緒に暮らせることを断言されていることに期待感や喜びがなどのようなものがこみ上げて来ました。 22-20 「しかり。わたしはすぐに来る。」すぐそこまで来ているんじゃないか、遥か遠くのことではような気がしました。聖書の最後から二つ目の節にあったというのもあり、すごく心に刻まれたような気がします。
全体…今回初めて黙示録を読みました。また本当に聖書的にも、この世的に見ても、最後の所を読んで感じたのは『希望』や『期待』のようなものでした。「神はアルファであり、オメガ」、「最初であり、最後である。」、「ハレルヤ。救い、栄光、力は、われらの神のもの。(~省略~)」などで、神の勝利。その後の話し。
神が近いうちにくる…など、聖書を読みながらなぜかわくわくする自分がおり、神をたたえたい!と思いました。そしてどこまでもすごく、恐れ多く、私たちの父である神をしり、自分がクリスシャンであることを本当に幸せだと思いました。アーメン

P 天におられます私たちの神よ、私たちが、誠の神であるあなたを知り、賛美・礼拝出来ることを感謝します。そして、これからも関係が続いていくことを感謝します。今、あなたを知らない人、助けを必要としている人、苦しんでいる人、またすべての人があなたを知り、神の家族となれますようここにお祈りします。
神様が私たちを用いてくださることを感謝します。今年もニューライフファミリーチャーチの家族が守られたことを感謝します。来年もニューライフファミリーチャーチの家族があなたとともに過ごし、神の栄光を伝え、賛美できることを感謝します。天と地の王の王、主の主のである神の御名によってお祈りします。アーメン

2012年1月1日(日) 創1-2,ルカ1 裕樹

★HAPPY NEW YEAR 2012!!!!★

S.ルカによる福音書 / 1章 36~38節あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。

O.神様の言葉を素直に受け入れ、従う。

A.私は、何か神様から語られる事があっても、多くの場合、1章 18節でザカリアが天使に「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。」と、目に見える印を求めたのと同じように、ハッキリと神様からの言葉だと分かるような、印などを求めてしまうことが多くあります。

しかし、マリアのように神様の言葉を純粋に受け入れることが、自分自身の信仰の成長と、神様への栄光がより高められることになるのではないかと感じました。 マリアもきっと、天使から告げられた自身の大きな役割に対して、いくらかの不安や疑いがあったに違いないと思います。しかし、その後のエリサベトとの生活や、次第に大きくなるお腹を通して、確信を得ていったのではないかと思います。

私が疑い深くて、信仰がまだまだ足りないのは神様が一番ご存知です。それでも幼い子供のように、純粋に神様の言葉に従う事を神様は喜んでくださって、不安や疑問が確信へと変わり、信仰が成長する過程や材料をも神様はちゃんと備えて下さるように思います。 表現が適切かどうか分かりませんが、どっちみち最終的に神様の計画が成就するのなら、ザカリアのように、あまりに慎重に疑い深い態度で神様と接するよりも、マリアのように、へりぐだった純粋な心で神様の言葉を受け入れる、そういった態度で神様と接したいと感じました。

P.愛する神様、今日のデボーションを感謝します。新しく始まったこの年は、あなたと幼い子供のような純粋な心で関係を築いていくことができますように。感謝します。イエス様の御名前を通してお祈りします。アーメン

教会案内
お知らせ
ALBUM
デボーション
集会案内