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2016年8月28日(日) エゼキ1-3,黙2   過去のデボーション

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2016年8月29日(月) エゼキ4-7,黙3 久保  

 
あなたがたのうちののがれた者たちは、とりこになって行く国々で、わたしを思い出そう。それは、わたしから離れる彼らの姦淫の心と、偶像を慕う彼らの姦淫の目をわたしが打ち砕くからだ。彼らが自分たちのあらゆる忌みきらうべきことをしたその悪をみずからいとうようになるとき、彼らは、わたしが主であること、また、わたしがゆえもなくこのわざわいを彼らに下すと言ったのではないことを知ろう。<エゼキエル6:9~10>

私達の修行、努力、節制等で、主を知ることは出来ないのです。姦淫の心とは主から離れ別のものを優先させることであり、偶像を慕う姦淫の目とは、富、権力を優先させる価値基準なのかもしれません。

もし世があなたがたを憎むなら、世はあなたがたよりもわたしを先に憎んだことを知っておきなさい。もしあなたがたがこの世のものであったなら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではなく、かえってわたしが世からあなたがたを選び出したのです。それで世はあなたがたを憎むのです。<ヨハネ15:18~19>
わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません。<ルカ14:26>
義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。
わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。
喜びなさい。喜びおどりなさい。天ではあなたがたの報いは大きいから。あなたがたより前にいた預言者たちを、人々はそのように迫害したのです。 <マタイ5:10~12>
主イエスのこれらの御言葉は、決して例えではありません。世の価値観を完全否定した上で、新しい価値観を持たなければならない事を示されています。しかも、それは私達の修行、努力、節制等によっては獲得出来ないのです。それを唯一可能にするのは、主による打ち砕きのみです。

主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、霊の砕かれた者を救われる。<詩篇34:18>
私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示されるためです。私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。
<コリントⅡ4:8~11>
私達を縛るこの世の基準を、私が自分で砕くのではなく、主によって砕かれるのです。そして、その痛みを通るのです。必然的な行程なのです。何故なら、主が行われることだからです。苦しみ、痛みを通る時、主をより深く知ることができ、その深さはこの世の価値観を完全に凌駕します。もしかしたら、それを通ると同時に地上から召される可能性もあるかもしれません。しばらく、この地上から召されないかもしれません。しかし、それは主がそうされるのです。つまりそれが一番良いことなのです。

私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。<ローマ8:38~39>
私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。しかし、もしこの肉体のいのちが続くとしたら、私の働きが豊かな実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいのか、私にはわかりません。私は、その二つのものの間に板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。<ピリピ1:21~23>


天にいます我らの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。
みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。
私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。私たちの負い目をお赦しください。
私たちも、私たちに負いめのある人達を赦しました。
私たちを試みに会わせないで、悪から救いください。ハレルヤ!
 

 
2016年8月30日(火) エゼキ8-11,黙4 まゆみ  

 
エゼキエル11:12
あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。あなたがたが、わたしのおきてに従って歩まず、わたしの定めを守らず、あなたがたの回りにいる諸国の民のならわしに従ったからである。

神様でなくよその神を拝み
神様でなくよその国にならい
神様でなく自分の欲に従い

それを神様はこんなにも悲しまれる
それは神の民に語られた言葉

私は神様に従いたいと願っている神の民なのに
願ってないことをしてしまうことがある
それを神様はこんなにも悲しまれる
それはささいなことではないと神様は言われる

従え私
他のものによりたのむことなく
他のものにすがることなく
他のものに救いを求めることなく
ただただ神様だけを求めて
 

 
2016年8月31日(水) エゼキ12-14,黙5 飯塚師  

 
タイトル:祈りの香をささげる
御言葉:黙示録 5:8 彼が巻き物を受け取ったとき、四つの生き物と二十四人の長老は、おのおの、立琴と、香のいっぱいはいった金の鉢とを持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖徒たちの祈りである。

黙示録5章は天の御座の風景が記されています。4つの生き物、24人の長老、多くのみ使い、天と地と地の下と海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物が神を賛美し、祈り、宣言している様子です。その中で聖徒たちの祈りが香としてささげられています。
 果たして私の祈りはどれだけ香として立ち上っているだろうか。賛美、とりなしの祈り、宣言の祈りなどをもっとしていきたい。神様がどのようなお方なのかを宣言する祈りのリストも作りたい。

祈り:イエス様、あなたは力と富と知恵と勢いと誉と栄光と賛美を受けるにふさわしい方です。あなたは私の救い主です。もっとあなたのために生きれるように助け導いてください。イエス様のお名前によって祈ります。
 

 
2016年9月1日(木) エゼキ15-16,詩70,黙6 Tomoko  

 
エゼキエル16・6-14
 わたしがあなたのそばを通りかかったとき、あなたが自分の血の中でもがいているのを見て、血に染まっているあなたに、『生きよ』と言い、血に染まっているあなたに、くり返して、『生きよ』と言った。
わたしはあなたを野原の新芽のように育て上げた。あなたは成長して、大きくなり、十分に円熟して、乳房はふくらみ、髪も伸びた。しかし、あなたはまる裸であった。
 わたしがあなたのそばを通りかかってあなたを見ると、ちょうど、あなたの年ごろは恋をする時期になっていた。わたしは衣のすそをあなたの上に広げ、あなたの裸をおおい、わたしはあなたに誓って、あなたと契りを結んだ。――神である主の御告げ――そして、あなたはわたしのものとなった。
それでわたしはあなたを 水で洗い、あなたの血を洗い落とし、あなたに油を塗った。
わたしはまた、あや織りの着物をあなたに着せ、じゅごんの皮のはきものをはかせ、亜麻布をかぶらせ、絹の着物を着せた。
それから、わたしは飾り物であなたを飾り、腕には腕輪をはめ、首には首飾りをかけ、
鼻には鼻輪、両耳には耳輪をつけ、頭には輝かしい冠をかぶせた。
こうして、あなたは金や銀で飾られ、あなたは亜麻布や絹やあや織り物を着て、上等の小麦粉や蜜や油を食べた。こうして、あなたは非常に美しくなり、栄えて、女王の位についた。
その美しさのために、あなたの名は諸国の民の間に広まった。それは、わたしがあなたにまとわせたわたしの飾り物が完全であったからだ。――神である主の御告げ――

血に染 まっている私に「生きよ。」と言って下さった神様。
汚れた私を、完全な飾り物で飾って下さった神様。
罪深い私を、イエス様の血潮で覆って下さった神様。
こんな私を、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。」と言って下さる神様。
感謝します。
祝福して頂いたすべてを、あなたに感謝します。
ただイエス様を見上げて、イエス様に従って生きていきます。
すべての誘惑や罠や悪しき者から守って下さい。
イエス様のお名前によって祈ります。
あーめん。。。^ - ^
 

 
2016年9月2日(金) エゼキ17-19,黙7 新井  

 
 

 
2016年9月3日(土) エゼキ20-21,詩111,黙8 さかえ師  

 
Sエゼキエル20:6-17
特に6、9、11、12、17
6
その日、彼らをエジプトの地から連れ出し、わたしが彼らのために探り出した乳と蜜の流れる地、どの地よりも麗しい地に入れることを、彼らに誓った。
9
しかし、わたしはわたしの名のために、彼らが住んでいる諸国の民の目の前で、わたしの名を汚そうとはしなかった。わたしは諸国の民の目の前で彼らをエジプトの地から連れ出す、と知らせていたからだ。
11
わたしのおきてを彼らに与え、それを実行すれば生きることのできるそのわたしの定めを彼らに教えた。
12
わたしはまた、彼らにわたしの安息日を与えてわたしと彼らとの間のしるしとし、わたしが彼らを聖別する主であることを彼らが知るようにした。
17
それでも、わたしは彼らを惜しんで、滅ぼさず、わたしは荒野で彼らを絶やさなかった。


O神様のイスラエルへの深い愛と愛するが故の苦悩がこの章全体に書かれている。
また、唯一の神であり創造主として、諸国の民に対して " 模範的な良い " 神として
存在を示さなければならない板挟みのような感じもある。
導く場所もとっても良いところを選び、
実行すれば生きるおきてを与え、
個人的な関係を望み聖別しようとし、
どんなに逆らっても民を惜しまれる。

A神様の愛は実際的だと思った。
愛してるから良いものをあげたい。
愛してるから助けたい
愛してるから幸せにしたいから、聖別する
全てを持つ良きお方がご自身の栄光と富を、持っているものをあますところなく
与えたいと近づいて下さる。語りかけて下さる。

神様の全身全霊(この言葉が神様に対して適切な表現かわからないけど)から愛が溢れ出てる。
いつも私たちが恵まれること、祝福されることを考えてくださっている。
裁きさえも私たちが立ち返るためのもの

P主よ言葉で表せないほど私を愛し、
私のことを考えて下さってありがとうございます。
お父様、本当に愛をありがとう。感謝します