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2014年3月30日(日) 士8,詩42,79,Ⅰコリ15 久保   過去のデボーション

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もし私が異言で祈るなら、私の霊は祈るが、私の知性は実を結ばないのです。ではどうすればよいのでしょう。私は霊において祈り、また知性においても祈りましょう。霊において賛美し、また知性においても賛美しましょう。<Ⅰコリント14:14~15>

このⅠコリント14章は、異言を肯定する者、否定する者双方の論拠となっている箇所です。しかし、私は、この箇所においての主題は異言についての賛否ではなく、正に『霊性』と『知性』について、パウロは語っているのではないかと考えています。

『霊性』は人によって高められることはありません。それは、個人と神との関係においてのみ高められます。この世の見えるものによる相対的価値基準とは相反する絶対的な関係式を知るには、個人と神との関係がより深くなることによって、自分の中の経験、知識等を完全に打ち砕いて頂かなければなりません。しかも、そこには、自分の能動的な行動による成果は全くないのです。ただ、御心に従いたいという渇望によってのみ、与えられるものです。
一方、極論すれば『知性』は神によって高められることはありません。『知性』とは、個人の中での判断基準の根拠となるもので、神との関係式の中での完全従属の中では必要が無いからです。しかし、日本においての大多数である未信者に対する交わりには必要要件となります。『霊性』を持たない者にとって、『霊性』は愚かな対象であり、どんなに伝えても耳に入ることはありません。

生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。<Ⅰコリント2:14>
未信者である時は救いを受ける立場です。信仰の恵みを受け取った瞬間に神の命令を実行する(福音を伝える)立場へと変わります。
『知性』を持たない者にとって、『霊性』を高める方法を伝える(福音を伝える)ことはできません。

ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある人々を獲得するためです。律法を持たない人々に対しては、――私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが――律法を持たない者のようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。<Ⅰコリント9:20~22>
私達、信仰の恵みを受け取った者は、既に『霊性』を持つ者となりました。そして、それをより高める為に異言で祈ることは有効であり、そして、『霊性』を持たない人をより多く獲得する為に、その人達の前では『知性』によって祈ることが必要なのです。
個人と神の関係がより深くなるにしたがって、神の御前においての個人が薄れ、従属化が進み、神の完全な道具へと変えられていくような気がします。その為には、まだまだ、超えるべき障害が私には多く存在することも事実ではありますが・・・。

私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。<Ⅰコリント9:27>

天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。
御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。
 

 
2014年3月31日(月) 士9-10,詩49,Ⅰコリ16 新井  

 
 

 
2014年4月1日(火) 士11-12,詩50,Ⅱコリ1 飯塚師  

 
御言葉:Ⅱコリント1:4 神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。

神様の御性質の一つが慰めです。
どのような苦しみの時にも・・・正しいことをして苦しみに会うときも、また、自分が蒔いた種を刈り取る形での苦しみでも神様は必ず慰めてくださいます。
どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができる。・・・しかし、順番があります。先ず私たちが神様の慰めを受け取ることが必要です。

他にも神様のご性質があります。一つは愛です。先の御言葉と同じように、私たちが神様から愛を受け取るなら、どのような人でも愛することができるでしょう。しかし、自分が神様の愛を日々受け取っていないなら、限界があります。ある人は愛せても、ある人は愛せない。

今日学んだこと:先ず私が神様と向き合って時間を過ごし、神様のご性質からたくさんの恵みを体験することが必要だということでした。毎朝一番に神様のところに行き、ただ神様と時間を過ごす。それから、一日の必要事項を祈る。そのような生活をしていきたいです。

祈り:イエス様、もっとあなたと時間を過ごしたいです。そして、あなたのご性質を受け取らせてください。
イエス様のお名前によって祈ります。
 

 
2014年43月2日(水) 士13-16,Ⅱコリ2 Tomoko  

 
2コリント2・14-15:しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。

このみことばに感謝します。私の素の性質は、キリストの勝利の行列に加わることが出来るでしょうか?・・・否です。私の素の思いは、キリストを知る知識のかおりを放つでしょうか?・・・否です!私自身は、何をすることも出来ない、弱い、ちっぽけな人間です。でも、「神はいつでも、私たちを導いて」下さいます。という事は、「いつでも」主 に求め、主と共に歩みなさい、という事だと思います。また、「救われる人々のなかでも、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。」という事は、救われただけで満足せずに、常に主に求めて成長しなさい、という事だと思います。クリスチャンとして当たり前の、これらの事が、忙しい日常の中ではおろそかになりがちです。一番大事にしなければいけない事なのに・・・。悔い改めます。いつでも主に向かい、主と共に歩めるように、また、主にあって日々成長することが出来るように、聖霊様、どうぞ助けてください。私が、このみことばの通りになれるように、導いてください。愛する主イエス様のお名前によって。あーめん ^^
 

 
2014年4月3日(木) 士17-18,詩89,Ⅱコリ3 理佳  

 
   

 
2014年4月4日(金) 士19-21,Ⅱコリ4 川和  

 
S
Ⅱコリント4
1.こういうわけで、私たちは、あわれみをを受けてこの務めに任じられているのですから、勇気を失うことなく、
2.恥ずべき隠された事を捨て、悪巧みに歩まず、神のことばを曲げず、真理を明らかにし、神の御前で自分自身をすべての人の良心に推薦しています。
3.それでもなお私たちの福音におおいが掛かっているとしたら、それは、滅びる人々の場合に、おおいが掛かっているのです。
4.その場合、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。
5.私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。
6.「光が、やみの中から輝き出よ」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。
7私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。
15.すべてのことはあなたがたのためであり、それは、恵がますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現れるようになるためです。

O
・勇気
・サタンの働き
・神の栄光を知る知識を輝かせてくださった
・この宝を土の器の中に入れている
・神の栄光が現れるようになるため

A
あわれみを受けている。勇気を失わない。

おおいが掛かっているのはサタンが思いをくらませているという場合も。もっとイエス様を知らない人の為に祈る。

自分は立派な頑丈な器ではない。自己嫌悪になったりします。土の器でいいんだと励まされました。この器に神様を知る知識、宝を輝かせてくださっている。
自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝える。その為には私は足りない部分が沢山ある。毎日聖書を通読する、デボーションをする、祈る。多くの人がイエス様の愛で満たされて、神様の栄光が現れるようになるため。

P
愛する天のお父様、教え励ましてくださりありがとうございます。イエス様を知らない人のための祈り毎日の通読などを怠らないようにしたいと思っています。土の器の中に入れてくださった宝を輝かせて祝福してください。イエス様の愛で満たしてください。感謝して、主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。
 

 
2014年4月5日(土) ルツ1-2,詩53,61,Ⅱコリ5 Bright